
元気でいてよ、R2-D2。 (角川文庫) - 北村 薫
<カバー裏紹介文>
気心のしれた女同士で飲むお酒は、自分を少し素直にしてくれる…そんな中、思い出すのは、取り返しのつかない色んなこと(「元気でいてよ、R2‐D2。」)。産休中の女性編集者の下に突然舞い込んだ、ある大物作家の原稿。彼女は育児に追われながらも、自ら本作りに乗り出すが…(「スイッチ」)。本人ですら気付かない本心がふと顔を出すとき、世界は崩れ出す。人の本質を巧みに描く、書き下ろしを含む9つの物語。
2025年4月に読んだ2冊目の本です。
北村薫の「元気でいてよ、R2-D2。」 (角川文庫) 。
「マスカット・グリーン」
「腹中の恐怖」
「微塵隠れのあっこちゃん」
「三つ、惚れられ」
「よいしょ、よいしょ」
「元気でいてよ、R2D2。」
「さりさりさり」
「ざくろ」
「スイッチ」
の9編収録の短編集。
ミステリではないですね。ただ、ミステリではないとしても、地続きのような気がします。
巻頭のまえがきで、
「《怖い話》というのは、読むにしても書くにしても魅力的だ」
と書かれているように、ミステリではないとしたらホラーが近いのだと思うのですが、ホラーというのも違う気がします。確かにホラーとも地続きですが。
広義のミステリの1ジャンルとして江戸川乱歩が名づけた「奇妙な味」というのがあり、これが一番近いかもしれませんが、一般的に「奇妙な味」といわれる諸作よりも更にミステリからは遠い境地にあるように思えます。
佐藤夕子による角川文庫版解説で篠田真由美の「誰がカインを殺したか 桜井京介returns」 (講談社ノベルス)からの北川作品についての引用があります。
「そもそも日常の謎てえのは北村薫のデビュー作がその嚆矢で、なかんずくその短編集中の一作『砂糖合戦』にとどめを刺すってのが俺の持論だ」
「殺人はもちろん、なにひとつ犯罪は起こらない。(略)しかしそこには日常を脅かす不気味な亀裂が見事に活写されている。つまりは正視すればおぞましい、人間の本質が書かれているのだ。いまだにあれを超えた作品はない。
その後に書かれている幾多の日常の謎ミステリには、『砂糖合戦』が描いてみせた暗い亀裂も、いまどきの少女の内に巣くう悪の翳りも描かれない。単に深刻な犯罪が起こらないという点で北村作品の形を踏襲し、消費社会の現実を無批判に肯定するだけだ」
ふたたびまえがきからの引用になりますが、
「陰のある作品集」
というしかないのかもしれません。
暗い亀裂を描いた、陰のある作品集。
妊娠中の女性の方は読まないでくださいとまえがきに書かれている「腹中の恐怖」は、確かに妊娠中だと嫌だろうな、と思うものの、このまえがきのおかげで展開が読めてしまいました。難しいですね。
ただ、それでも、「腹中の恐怖」に描かれている発想は怖ろしく感じましたし、その発想を届けるべく手紙になっているということにも怖ろしさを強く感じました──だってこの手紙、なんのために書いたと思います?
表題作の「元気でいてよ、R2D2。」もまえがきで触れられていて「結末にある一瞬の思い──《取り返しがつかない》という思いは、時の中に生きる人間にとって根源的な、大きな恐怖」に、ぞくっとします。
R2D2はスターウォーズに出てくるロボット(?) ですが、ここではイタリア料理店に置かれているコーヒーメーカー。形が似ているとかで話者がそう読んでいます。
タイトルが「元気でいてよ、R2D2。」であって「元気でいてよ、R2D2」でないことが気になっています。
集中では「微塵隠れのあっこちゃん」が象徴的な作品なのかな、と思いました。
話の中で弟と遊ぶ幼少期の思い出話の持つ意味合いが、現在の状況に対する《呪いの忍法》の話のきっかけかと思っていたら、ガラッと違う様相を見せる。
怖さでは「さりさりさり」でしょうか。通常の怖さとはちょっと違う感覚でしたが。
出てくる「蛇と蟹の昔話」、登場する人間サイドから見ればめでたしめでたし、ながら、蛇から見たら、あげるというからいただきに来ただけで殺されちゃう蛇はかわいそうという見方にはっとしていたら、「蛇はね、お仕置きされて当然なんだよ」「分を越えたからよ」「蛇には蛇の分際があるでしょ。」とさらに衝撃。
おそらく作品の狙いとは違うところかとは思うのですが、自らの発想が狭いものであることを突きつけられて怖さを感じました。
相手の立場に立って考える──学校の先生がよくいうような言葉ですが、簡単なことではないですよね。
最後の「スイッチ」は怖さではなく(ある意味怖いに通じる感覚ではありますが)、角川文庫版解説で指摘されているように「生きていく中にはどうしようもなく悲しく重いことがあるのだ」ということを描いた作品で、つらいことではあるけれど、それでも前を向く力を主人公に感じてちょっとほっとできました。
<蛇足>
「・・・・・どうして、皆、恋愛出来るんだあ。」
「普通は出来ないんじゃないの、そんなこと。お話だと、人殺しが出て来たりするじゃない。だけど、身の回りに殺人事件なんか、あんまり起こらないでしょ。恋愛も同じだよ。だから、ドラマになったりお話になったりする。そうじゃない?」
「だってさ、恋愛するって、ちょっといい感じの上だよね。死ぬまで一緒に暮らしたいってことでしょ。いやいや、死んでもだよ。そうでなかったら恋愛じゃないでしょ。だとしたら──気持ちがぴったり合って、何でも話せて、何でも一緒に出来る人じゃないと駄目でしょ。
その上で、どっか尊敬出来なきゃアウトだよ。スパイスでしょ、これが。(略)惚れられなかったらさあ、抱かれることなんて出来っこないじゃん。
その上で、人間性までぴったり合わなきゃ、いかんわけだ。
そんな人に、会ったことないもん」(「元気でいてよ、R2D2。」141ページ)
賛同はしないのですが、ちょっとドキリとしたセリフです。
ラベル:北村薫
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