2024年09月28日
メフィストの牢獄
<カバー裏あらすじ>
カナダ、アメリカ両国でスコットランド系の男が拉致され、拷問ののち殺害される事件が発生。謎の「秘宝」の行方を追う犯人“メフィスト”は、ついにカナダ騎馬警察の一員を誘拐、秘宝探索に手を貸すよう要求してきた。「秘宝」と古代巨石文明を結ぶ接点とは? シリーズ最凶の敵が登場、“カナダのディーヴァー”の最新長篇。
2024年8月に読んだ6冊目の本です。
マイケル・スレイド「メフィストの牢獄」 (文春文庫)。
『ヘッド・ハンター』上・ 下 (創元推理文庫)(HeadHunter、大島豊訳)
『グール』上・下 (創元推理文庫)(Ghoul、大島豊訳)
『カットスロート 』上・ 下 (創元推理文庫)(Cutthroat、大島豊訳)
『髑髏島の惨劇』(文春文庫)(Ripper、夏来健次訳)
『暗黒大陸の悪霊』(文春文庫)(Evil Eye、夏来健次訳)
『斬首人の復讐』(文春文庫)(Primal Scream、夏来健次訳)
として続いてきたカナダ騎馬警察<スペシャルX>シリーズ第7作。
(余談ですが、品切れ状態の書籍でもいままでamazonのアフィリエイトリンクはあったのですが、今回検索してみて、リンクそのものが検索で出てこないものがあるのですね......
<スペシャルX>シリーズは、
「このシリーズの特徴は、その過剰さにある。」
と解説で古山裕樹が指摘し、
「殺人や拷問の場面が、きわめて入念に描かれる。
連続殺人鬼が、あっという間に死体の山を築き上げる。
きわめて意外な結末へと、強引に読者を引きずっていく。
物語のバランスを崩しかねない勢いで、背景の知識を大量に詰め込む。」
と4点整理されています。この整理、とてもいいですね。
その点で今回の「メフィストの牢獄」はシリーズの中では異色作でして、整理された4点のうち、2点目と3点目が当てはまりません。
実はスレイドの作品はこれまで邦訳されたものは全作読んでいるのですが、いずれも「読みにくいな」と感じながら読んでいました。
この「メフィストの牢獄」も同様。
読みにくさの主因は、過剰さ──古山裕樹の整理の第4点です。
犯人である謎秘数徒(メフィスト)はスコットランドを中心とした(?) 環状列石(ストーン・サークル)を作り上げた文明に執着し、アトランティスが実在したと妄信しているという設定なのですが、その思想的背景であることは理解するものの、紀元二九七年のローマとか紀元三〇六年のローマ領ブリタニアとか一六九二年のスコットランド北部高地のエピソードとか、必要?(笑)
捜査する<スペシャルX>側でもこういう脇筋エピソードは山盛りで、たとえば、メフィストをモリアーティに譬えるのはわかるとしても、長々とホームズの話が出てきますし、誇大妄想狂の犯罪者が企む犯罪の例ととしてカルト宗教に話が流れれば延々とカルト宗教が起こした犯罪が紹介されます(その中で日本のオウム真理教についても411ページから約2ページ書き込まれています)。
この誇大妄想狂と思われるメフィストがどういう犯罪を企んでいるのかというディクラークの懸念に呼応するように、メフィストの真の狙い、究極の狙いも描かれます。(当然ですが色を変えておきます)
「今ほどみずからの雄々しさと力を強く感じたことはない。はるか昔に悪魔に魂を売り、智と力と富と色を約束されたメフィストは今、富はとうに身辺に高く積みあげ、色はまたとない女をこうして目の前にはべらせ、そしてこのパンドラの箱により、数十億の民を淘汰する力までも手に入れた。あとはこの恐るべき力をいつ使えばよいかという<智>も、この銀の髑髏に彫りこまれている秘密を読み解けば得られるのだ。」(545ページ)
とまとめられているものの、可笑しいのは、メフィストが探し求めていた ”秘宝” と、この狙いには言うほどの関連がなさそうなことです。
正直長々と物語を進めておいて、これ!? と笑ってしまいました。
さらにラストでディクラークがするメフィストの正体に関する考察が本当なら、もっともっと根幹部分で、これ!?と言いたくなるような。
でもね、楽しいんですよ。
入念に描かれる殺人や拷問の場面は苦手なのですが、この無駄てんこ盛りの過剰さこそが、スレイドの作品を読む楽しさなんだと思うんですよね。
その意味では、堪能しました。
シリーズはこのあと本国では何冊も出ているようですが、邦訳はこの「メフィストの牢獄」が2007年10月に出た以降途絶えています。
どうでしょう? 文藝春秋さん、そろそろ続編を!
<蛇足1>
「ここでの警察の仕事は、島の住民が玄関に鍵をかけなくてもいいようにたもつこと。都会の警官のように、ゴミ箱の蓋の上に尻を載せて悪臭が街にあふれないように努めると言ったような、無駄な仕事をする必要はありません。」(70ページ)
ニック・クレイヴンがディクラークにガルフ諸島での警察の仕事を説明する場面です。
都会の警察って、こんなことをしているのですか!?
<蛇足2>
「殺したのは一人のアメリカ人。
殺されたのはイギリス人所有の一頭の豚。
その出来事を引金に、大英帝国と合衆国の間で戦争が勃発しかけた。
世にいう豚戦争(ピッグ・ウォー)だ。」(142ページ)
こんな出来事で両国間が緊張し、1872年にドイツ皇帝の仲裁で国境が画定するまで13年間もサンファン島の領有が宙ぶらりんの状態になっていたのですね。
<蛇足3>
「ビルマ種の牝馬の一頭を一九六九年にエリザベス女王に献納したこともあるのよ。女王は騎馬警察の名誉警視総監だったから。誕生祭騎兵行進(トゥルーピング・カラー)で女王ご自身が騎(の)られたのよ」(277ページ)
トゥルーピング・カラー(通常は、トゥルーピング・ザ・カラーと冠詞が入ると思います。TROOPING THE COLOUR)に、誕生祭騎兵行進という訳語があてられていますね。
女王(現在は王ですが)の公式誕生日に行われる閲兵式ですね。実際の誕生日とは異なり6月に開催されます。
閲兵式なので、騎兵だけではなく、歩兵も砲兵も行進しますし、戦闘機も上空を飛びます。
かなりの長時間になりますが、老齢の女王陛下が閲兵台の上で直立不動で見守っておられたのを記憶しています。
<蛇足4>
「──『人の弱点を見つけるのに馬ほど役に立つものはない』ってことになるのよ」
「人の弱点を見つけるのに胸の大きい美女ほど役に立つものはない、ともいえそうね(280ページ)
この直前に語られるエピソードが笑えます。なるほど。
<蛇足5>
「連続殺人犯の犯行のスタイルは、およそ四種類に大別されます。自分の住居を拠点とし、そこの外延地域へ狩りに出かける狩猟家(ハンター)タイプ。自分の住居以外の場所を拠点とし、そこの外延地域へ狩りに出かける密猟家(ポーチャー)タイプ──ただしこの対応には住居から遠い地域へ通勤(コミュート)するケースもあります。狩りには関係ない行動をしていながら、その最中に偶然遭遇した獲物を犠牲者に選ぶ流し漁(トロール)タイプ。なんらかの仕事をしながら、あるいはなんらかの状況を作りだしながら、蜘蛛の巣を張るように獲物がかかるのを待っている網張り(トラッパー)タイプ。女性の連続殺人犯は多くの場合このトラッパーに属します」
「では、犯行方法で類別すると?」
「遭遇した瞬間に襲いかかる猛禽(ラプター)タイプ、あとをつけてから襲う追跡者(ストーカー)タイプ、自分の拠点に獲物が近づいたとき襲う待ち伏せ(アンブッシャー)タイプの三種類あります」(295~296ページ)
地理的プロファイリングについて説明されている場面の一部です。
おもしろい考え方ですね。
<蛇足6>
「ありがとうございます」とボンドはいった。「FBIを見返してやります」
「まあ落ちついて」とディクラーク。「仕返しという料理は、冷めたころに出すのがちょうどいいものです」(372ページ)
なかなか含蓄深いセリフですね。
<蛇足7>
「天然痘ワクチンの効果は約十年持続するが、接種は一九七一年以降行われていないし、その以前に接種した人々もすでに免疫を失っている。」(433ページ)
「七九年十月にWHO世界保健機構が天然痘根絶を公式に宣言した」(429ページ)のですが、ワクチン恩効果も消え失せているのですね......
<蛇足8>
「ニュー・カレドニア、とはなにか?
すなおに考えれば、新しいスコットランドということになる。
カレドニアとはスコットランドを意味する古語だから。」(453ページ)
昔どこかで読んだことがありますが、すっかり忘れていました。
<蛇足9>
「一八五八年、すなわちカラム・キャンベルが二人の息子をつれてスコットランドを発った年の翌年、あるいはアメリカとのあいだに豚戦争が勃発した年の前年、サイモン・フレイザーがニュー・カレドニアと名づけた一帯が王室直轄植民地となり、ブリティッシュ・コロンビアと改名された──ときの英国王ヴィクトリア女王その人を示唆する地名だ。」(455ページ)
”ブリティッシュ・コロンビア”がヴィクトリア女王その人を示唆するものとは思えないのですが......
<蛇足10>
「どちらの店も繁華街にあって利用者が多く、コーヒーを啜りながらネット遊弋を楽しむ者たちでごった返していた。」(462ページ)
遊弋(ゆうよく)という語は知りませんでした。
船に関連する用語なのですね。
ネットサーフィンにせよ遊弋にせよ、海に関する語なのが面白いです。
<蛇足11>
「ちがうでしょ。男女差別というのは男が女を差別するときにいうの。」(479ページ)
衝撃のセリフです。
この発言こそ男女差別のように思えますが......
<蛇足12>
「地球上の総人口が十億に達するまでに百万年を要した。紀元一八〇〇年ごろに十億、一九三〇年代に二十億、六〇年代に三十億、一九七五年に四十億、八七年に五十億、そして現在はそれよりもさらに約十億人増加している。」(544ページ)
あちこちで言われている人口爆発ですね。
この本が書かれたのが1999年。
今年、「世界人口デー」の7月11日に国連が発表した世界人口の推計によると、世界人口は、ことしおよそ82億人(!)だそうです。
<蛇足13>
「こしうた流れのままなら」(414ページ)
”こうした”の誤植でしょうね。
「下着のモデル化と思えるような官能的な容姿をしている。」(490ページ)
こちらは、”モデルかと”の誤変換ですね。
原題:Burnt Bones
著者:Michael Slade
刊行:1999年
訳者:夏来健次
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください